今回、台風10号の接近に伴い、台風の進路や勢力も過去に類を見ない様な状況で、甚大な被害の予測が連日報道されておりました。 普段の台風接近とは違い、私たちでも不安を抱く様な状況でした。 会員様も同様で、施設にお住いであればある程度の安全は確保されておりますが、ご自宅にお一人で生活をされている場合は特に心細い思いをされているのではないかと考え、台風通過前と通過後にお電話にて現況確認をさせて頂きました。   F様(81歳 女性)マンションでお一人暮らし。 現在も移動は車を運転され、弓道やパソコンが趣味という若々しい会員の方で、勿論自立した生活を送られております。 マンションだし、しっかりされているので、お電話は必要ないかと思いつつお電話すると、“マンションだから大丈夫よ!準備はできているから!”と想定内のお返事でした。 しかしその後に“こうやって気に掛けてくれると心強いわ!嬉しい!誰も掛けてくれないから”とのご返答あり。 通過後は、“心配だったけど、被害もなくて安心しました。またお電話頂戴ね” とのご返答あり。   H様(男性 73歳)戸建てにお一人暮らし。 人見知りで寡黙な方で、身寄りが無い訳ではないものの、ご自分のお考えで距離を置かれている状況。 脊柱管狭窄症を患われているものの、ある程度自立した生活を送られています。 お電話すると、“庭の物はある程度片付けが済み、あとは実際に台風が来てみないとわかりませんな。”とこちらも想定内の素っ気ない返事でした。 しかし最後に“わざわざお電話してもらって、ご心配有難う御座います。”との ご返答あり。 通過後には“被害がなくて良かったです。近くに来られたら寄って下さい。”と軽い口調でご返答あり。 今回お電話してお声掛けした言葉は、本当に“何気ない言葉”でしたが、返ってきた言葉をお聞きすると、どんなに自立してしっかりされていても、根底には“心細さ”や“不安”を抱かれているのだと感じました。 特にお一人暮らしであれば、社会から孤立しやすく、孤独感も感じやすい環境ではないでしょうか。 私たちが普段使っている“何気ない言葉”は、人を不快にさせたり、傷付けたりする反面、安心感を与えたり、勇気付ける事も簡単にできてしまいます。 私たちの掛ける言葉は後者でなければなりませんし、常に相手の立場に立っての言葉選びが重要です。 “何気ない言葉”で、日常生活に少しでも安心の割合が増やせる様に、これからも“家族代わり”“身近な存在”として寄り添っていきたいです。      私たちの仕事の原点は会員様からの「ありがとう」と「笑顔」です。   会員様が自分らしい毎日を送るためにはどうしたらよいか?どのような支援が必要なのか?   スタッフ一同、会員様の立場となり考え会員様の気持ちに寄り添い、自分らしい生活を送っていただけるよう日々支援させていただいています。   その中のお一人、私が定期的に支援させていただいている80代女性H様。 いつもお迎えに伺うと「今日もありがとうね!」「今日もお願いします!」と元気に素敵な笑顔で迎えてくれます。   その笑顔、言葉に励まされながら支援員としての私の一日がスタートします。 白内障を患っておられるので、普段の何気ない日常生活での段差・交配・手すりの位置等にとても臆病になっておられます。 病院に到着すると同時に私の腕に手を絡ませ腕組されるH様、「一緒にいてくれて助かるのよ」 「あなたがいるから何があっても大丈夫だわ」と(恋人同士のように)…言って頂けることに日々感謝しています。   会員様お一人お一人との出会いに意味があり、縁がある… 住み慣れた地域で「その人らしい生活」を叶えるために何でも相談できる生活の頼れる支援員として今後も全力でサポートしていきたいと思います。ご主人と一緒にえにしの会に入会して下さった80代のT様。 お二人は昨年の夏、慣れ親しんだご自宅から茨城県の施設に移り、生活を始めていました。   T様に初めてお会いしたのは、昨秋。 ご主人が救急搬送されたとの一報を受け、 埼玉から遥々60㎞の距離を、車を飛ばして駆け付けた日のことでした。 施設に残されたT様は、不安げな表情を浮かべながらもどこか毅然としており、 ご挨拶とともにご主人の様子、入院手続きの完了を報告すると、 「お世話になります。」 と深く頭を下げておっしゃられたのが印象的でした。   ご主人の余命がそう長くなく、 医師からは後悔しないよう頻繁な面会を提案されていました。   病気の後遺症で半身が思うように動かないT様は、 車椅子を使ってゆっくりと生活をしていらっしゃいます。 近所の病院へ面会に行くとて簡単なことではなく、 その都度駆け付け、車への乗り降りをお手伝いしながら病院へお連れしました。 ご主人は入院した日からずっと眠ったままでした   「お父さん! お父さん!!」   T様が一生懸命呼び掛けるも応答はありません。 それでも諦めず呼び掛けるT様。 私も一緒になって声をかけ続け、少し反応があった時には二人で顔を見合わせて泣いていました。 いよいよあと数日と告知を受け、T様は毎日の面会を切望されていました。 しかしどうしても都合がつかず、 また金銭面でも厳しい選択であり迷いましたが、 介護タクシーを手配しT様だけで2日連続での面会が叶いました。   面会翌日にご主人は帰らぬ人となり、 結果としてこの面会が最後の夫婦水入らずの時となりました。   葬儀社の手配、火葬、死後事務手続き、えにしの会の墓地へのご納骨、遺族年金の申請等 その都度確認し寄り添いながらお手伝い致しました。   また、T様が喪失感からか塞ぎこんでしまった時には、 一緒に食事がしたい、買い物がしたい、とのご要望にお付き合いし、 「今日は久しぶりに楽しかった。ありがとう」とのお言葉を頂戴しました。 帰り道にご主人ののろけ話などを嬉々として話して下さり、 しまいには泣き出してしまい、私ももらい泣き。 その時車窓からはきれいな夕焼け、富士山が見えて二人で感動しました。   この春にT様が骨折をしてしまった際にも駆け付け、 長期入院になるため施設を解約し、お体の状態にあった新しい施設を提案致しました。   施設から病院、別の病院、そして今度はT様にとって初めての土地となる埼玉県。 ストレスになりはしないかと心配しておりましたが、 一人で過ごされていた時と比べて多床室(4人部屋)での暮らしは寂しさが和らぐようです。   金銭的にも、一時は生活保護の申請を検討したほどでしたが、 引越しで毎月の収支は黒字となり、着々と貯金ができています。 何より、表情の明るくなったT様にお会いする度に、 お引越しは大成功だったのではないか…と達成感を感じます。   「あの時、気が済むまでお父さんに会いに行って、本当に良かった!」 T様は今でも会うたびにそうおっしゃいます。   一人になってしまった寂しさや不安に寄り添いつつ、 少しでも前向きに生きられるよう、 これからも親身になって考えていきたいと思います。S様は最近ご入会してくださった80代の女性の方です。 ご入会となった経緯は、先にご主人様がえにしの会に入会されていたことです。 ご主人様は施設入居にあたって、S様がご高齢のため保証人にはなれず、私達にご相談をいただきました。 施設入居の際は、私達が必要品をS様と一緒に揃え、ご主人様が快適に過ごせる環境作りのお手伝いをさせていただきました。 S様はご主人様に対して「こんなに幸せな人、いないよ。私一人じゃここまでできないよ」とおっしゃっており、ご主人様も「ありがとう」と何度も言ってくださいました。 それを聞いて、私達もS様と一緒に目に涙が浮かびました。 その後、誤嚥性肺炎により入院となり、S様と何度も病院に足を運びました。 S様は発声がむずかしいご主人様に対し何度もお声がけをし、お二人の絆がこちらにも伝わってきました。 入院から4ヶ月後、S様と私達が見守る中、ご主人様は天国に旅立たれました。 S様は、お会いする度にその時のお礼をおっしゃいます。 私達のサポートを近くで見てくださったことで、「えにしの会がいてくれれば、私も安心できる」とご入会いただきました。 S様とご主人様お二人のような関係を築けるように、今後もサポートを努めて参ります。新型コロナウイルス感染症対策で緊急事態宣言が出ている中、施設職員の皆様・訪問介護の皆様・訪問診療の皆様・訪問看護の皆様・訪問リハビリの皆様・デイサービスの皆様・ケアマネージャーの皆様、まだまだ関わっている業種の皆様もおられると思います。 こんな大変な状況の中2か月間以上もの間、仕事はもちろんの事、プライベートでも気を抜けず、常に緊張感を持ち神経をすり減らしての生活、皆様のお気持ちは計り知れないと思っております。 そんな状況の中、利用者様・入居者様の「日常」を守り支えて下さり本当にありがとうございます。どれだけの人が、家族が、皆様の頑張りに感謝していることでしょう。 この場を借りて心より感謝を申し上げます。   以下、千葉事業所支援事例です   <嬉しい連絡が届きました> 末期ガンで亡くなられた T様。 若い頃に一度ご結婚されて娘様がおられます。   体調を崩されるようになり、遠方から通うのが大変な妹様、何度か近所に来るよう説得されたそうですが、首を縦に振らなかったと。 理由は「別れた娘が住んでいるから」と言われたそうです。 会いたくても会えない娘様がおられる土地を、ずっと離れずに暮らされていたT様。さぞ娘様に思いを馳せていたことと思います。   T様より、私達に毎日来て欲しいと依頼を受け、できる限り面会に伺いましたが、入院より1ヶ月半でご逝去されました。 その後は妹様と一緒に信仰されていた地元のお寺に合祀申し込み、葬儀・納骨を済ませ、各種手続きや家財処分等の支援をさせて頂きました。   それから5ヶ月が経ち、妹様から連絡がありました。 「兄の娘の所在がわかり、一緒にお墓参りに行って来ました。」 T様の思いが繋がりました。T様天国から満面の笑みで見守っていたことでしょう。   こんな嬉しい出来事を わざわざお知らせくださった妹様に 心より感謝いたします。 
今、新型コロナウイルス感染の影響を受け多くの介護施設において、
外出禁止や面会禁止となっています。

「普段のご生活の楽しみ」が出来無くなってストレスを感じて
お過ごしになっている会員様もいらっしゃいます。

会員A様は、毎月3回程度の病院受診のお付添いをしています。
受診後は介護タクシーのお迎え時間を遅らせ病院近くのショッピングセンターで
お話しをしながらお買物やお食事をすることを、とても楽しみにしています。

現在は、コロナウイルスの影響から病院受診も延期となっています。
A様は「買物や食事をして過ごすことが出来ず残念です」とおっしゃっていました。

最近はA様の携帯電話からご連絡があってお話しやお買物の代行支援を頂いております。

「外出は出来無いけど、何か有った時すぐに連絡が取れるので助かります。」とおっしゃって頂きました。

今後も会員様の様々な状況に合ったご支援をさせて頂きたいと思っております。
 O様は数年前に奥様を亡くされてから、現在、一人暮らし生活をされています。 入院の際に身元保証人が必要な為、えにしの会との契約をされました。 退院された後も元気に過ごされています。   えにしの会では、会員様の健康状態や日々の生活のご様子や悩み事など、定期訪問(生活支援)を通じて把握するように努めています。訪問した時に、異変があった時にいち早く対応するようにしています。   スタッフが会員様のご自宅を訪問すると、会員様は「えにしの会がせっかく来てくれたのに、お願いすることがないくらい私が元気なので申し訳ない。」と気を遣って話されます。 そんなことはないのです。 会員様が元気でお過ごしであること私共、スタッフにとっては、何より一番の安心です。   いつまでも、健康で安心できる在宅生活をされることが、会員様にとっても、えにしの会にとっても 一番の願いです。   O様宅を訪問すると、色々な人生経験をされてきたお話をスタッフに聴かせて下さいます。 会話の中で、「意識改革が必要だよ!」というお話があった時は、スタッフも元気を頂きました。 訪問させていただいた時は、いつも「これからも頼りにしているので、何かあった時はよろしく。」とスタッフに声かけして下さいます。   安心をお届けできる頼りになる強い存在でありたいと思いました。  A様の支援をさせて頂いたきっかけは施設様からの紹介でした。 施設ご入所中のA様は御年97歳、お子様がなく、身寄りは他府県にお住まいの姪御様のみ。   普段はお元気にお過ごしではありますが、時折入院されることがありその度に姪御様が他府県からお越し頂くことにA様自身が申し訳なく思っていると、施設様からご相談頂きました。   お話を頂き、施設様・A様・姪御様含めた話し合いで弊会の身元保証を含めた支援のお話をさせて頂きました。その際、姪御様としては他人様にお願いするのは叔母様に対して申し訳が立たないと感じておられる様子でした。   我々の支援は姪御様とA様を切り離すものではなく、A様にとっても、姪御様にとっても助力となるような支援を目指していることをお伝えし、何度か話し合いを持った結果ご契約を頂けました。   現在ではA様と姪御様のご意向をお伺いしながら、つぶさにA様のご様子を姪御様にご報告し、緊急時は我々が初動に当たり姪御様にご報告すると言う関係を構築しA様にも、姪御様にも「えにしの会に入ってよかった」と仰って頂けるようになりました。   えにしの会の支援がご本人様、ご家族様にとっても良いものになるよう今後も支援を行って参ります今回は、入会後6年経たれる90代のT様のお話をさせて頂きます。 T様は昨年の初めに70年連れ添ったご主人を亡くされました。 ご主人の入院の際、病状悪化の際、危篤の際、通夜・葬儀・火葬の際、納骨の際、見守りながらサポートさせて頂きました。T様は気丈に対応され、T様の涙を拝見したのは、通夜の夜、施設の居室へお送りした時だけでした。 その後も、役所や銀行や相続等、煩雑な事務手続きの際も、90代のT様の理解度に合わせ、都度確認しながらサポートさせて頂きました。   T様は未だに、その時のお礼をお会いする度におっしゃいます。 そして私も「いえいえ、なかなか至りません。本日も宜しくお願いしますね。」というご挨拶から毎回支援がスタートします(笑)。   さて、本題に入りますが…。 T様に限らず、会員様は支援の際にたくさんのお話を聞かせて下さいます。 故郷の思い出話、現役時代の凄い話、若かりし頃の恋愛の話等々、“自分ヒストリー”を聞かせて下さいます。   T様もよく「ちょっと前にね…」とおっしゃいますが、さすがに90代のT様のちょっと前は、50年位前のお話で…。T様自身も「ちょっと前って言っても、40~50年経つけどね~」と大笑いしながら思い出を話して下さいます。 戦後すぐの頃、GHQが運営していたダンスホールに足繁く通っていた不良娘だった話、そのダンスホールで、ダンスの下手なご主人と出逢い恋をした話などなど、笑いながら懐かしそうに話して下さった事は、大変印象的でした。   T様との関わりの中で、日常生活の不安や不満、ちょっとした愚痴の後には、必ず冗談をおっしゃり、気持ちを切り替えてらっしゃる事に気づきました。 そこで、T様に気持ちの切り替えについて伺ってみました。するとT様は「子供の頃から辛い事が多かったの。だけど笑っていたら嫌な事を忘れたし、主人にも出会えたの。」と笑って教えて下さいました。   まさに、『笑う門には福来たる』実践バージョンをT様に教えて頂きました。 T様は、いつも私の訪問を笑顔とウィットに富んだ冗談で迎えて下さいます。 支援を介し会員様より学ばせて頂く事の多さに日々感謝し、これからも会員様のサポートに努めて参ります。元々は自立の方向けの施設で洗濯や通院などもお一人でされていたN様、持病の影響で足の調子が悪くなり現在は一時的に病院に入院しています。   入院中の病院は売店やATMはなく、必要なものは全て外に出なくてはなりませんが、現在N様は車椅子移動で自分一人での外出は難しくなっています。 そのため月に2回ほど、ティッシュやオムツなどN様の代わりに買いに行き病院までお届けしています。 また、入院中の病院では診ることができない病気もある為、月に一度車椅子を押して近くの別の病院までお連れしています。運の良いことに、その道中に銀行もあるので病院に行くついでに銀行にもお連れしています。   N様は少し心配性で、入院中に郵便物が施設に届かないか不安に思われていたため、施設と協力し郵便物のお届けも行っています。   以前まで一人で出来ていたことが徐々に出来なくなるということに対し不安やもどかしさを感じているN様。 そのようなお気持ちの中、支援の後に少し笑った様子で「ありがとう、自分一人ではできないから助かった」との声を頂くこともあり、私も少し安心した気持ちになります。   今後もN様の不安が少しでも解消されるよう、引き続きN様に寄り添った支援を続けていきたいと思います。