80代のA様のお話しです。 ご主人に先立たれ、病気と闘いながら生活するA様に初めてお会いしたのは入院中の病院でした。 子供もおらず、今後の生活が不安…そんな中でえにしの会に入会されました。 退院先はご自宅ではなく、老人ホームへの入居でした。A様も「もう自宅での生活は難しいね、寂しいけど」と仰っていたのが記憶に残っています。 老人ホームに移られてからは、外出同行支援(買い物、外食、銀行、市役所付添い)などをさせていただきました。施設ではコロナやインフルエンザによる外出制限も厳しい中、A様の気分転換になるならと許可をいただきA様もとても喜ばれていましたし、今後も目標として「杖歩行ができるようになりたい」との一心で歩行リハビリも頑張られていました。 そんな中ご自宅を売却したいとのお話しがA様よりありました。 「私の頭がしっかりしているうちに、自宅の問題をスッキリさせたい」 「どうせ自宅へ帰るつもりは無いからね」 「今後の為にまとまったお金を作っておきたい」 そんなご要望から、自宅売却のお手伝いをすることに。   不動産会社をいくつかお探しし、A様と一緒に不動産会社へ赴いたり、自宅にてお話しを聞く日々が続き……右往左往しながら、A様の希望に寄り添った対応をしてくださる不動産会社を見つけることができました。 自宅売却の話もスムーズに進み、自宅にて荷物を整理している時でした。 A様から「この家は主人が建ててくれてね。何十年もながいこと生活したねぇ。」 「猫や犬も飼って、、それは楽しかったよ」 と以前自宅に住んでいた時のお話をしてくださいました。あまり自分から昔のことを話さないA様ですが、この時は昔の写真を見ながら目を輝かせ、昔を懐かしまれていたことが印象に残っています。そんな素敵な話を私にしてくださり、私自身も嬉しい気持ちに。 それと同時に、それ程大切な思い出が詰まっている“自宅“を売却するということ、それに携わらせていただいているということ、私がサポートさせていただいている仕事の責任感・重要性を改めて感じることができました。   その後、売買契約の締結・決済・引き渡しを無事に終え、トラブルも無く自宅を売却することができました。 A様からは「これで肩の荷が下りて楽になった。ありがとうございました。今後もよろしくね」と大変ありがたいお言葉をいただきました。   家族代わりの手伝い、安心できる暮らしをサポートする“えにしの会“ですが、生活支援の中では今回のようなサポートもさせていただいています。   お一人お一人、持っている悩みは違うと思います。えにしの会では、その人に寄り添ったサポートを行い、安心できる暮らしを今後もお手伝いさせていただきます。H様(女性 享年76歳) 市営団地にお一人住まいで、結婚歴なし。 親族は居るものの、高齢で近年は疎遠になっている。 しかも末期がんを患われており、余命も3ヶ月から半年という状況。 地域包括支援センター経由で相談を受け、本人様とご自宅にて面談を実施。 団地の5階に住まれ、この頃はご自分で自立した生活を送られており、 大きな病気を抱えておられる様には見えませんでした。 面談時、かなり疑心暗鬼で対応されている様子が伺えましたが、詳細をお聞きするうちに、お気持ちを理解する事かできました。 “最期を託す人”という位置づけを考えると、疑心暗鬼になる事も当然で、残された時間を考えると尚更であったと思います。 幾度かのお電話や面談を経て、ご契約を結ばせて頂く事になりました。 契約の翌日に病院受診に同行し、主治医をはじめ、担当看護師、ソーシャルワーカーの方々ともご挨拶をさせていただきました。 この時の情報では、余命も1ヶ月単位もしくは1週間単位で診てもいい状態であるとお聞きしました。 既にホスピス(緩和ケア)を設けている医療機関への入院を調整されており、この入院に際して、保証人、身元引受人が必要となり、本人様を含め周囲の方々も気が気ではなかった様です。 ようやく話が進み始め、受け入れ先も決まったところで本人様が体調を崩れ、入院される事になりました。 そこから数日後にホスピスへ転院し、丁度1週間後にお亡くなりになられました。 契約をしてから3週間ほどの期間で、目まぐるしく状態が変わられ、瞬く間の出来事でした。 事前の打合せをしっかりさせていただけていた事で、ご遺体の引取りからご自宅の整理等々までスムーズに終える事ができました。 生前に“亡くなられた弟様のお墓に納骨して欲しい”とのご要望がありましたが、“おおまかな地名”と“風景”“墓石に名前が入っている”とういうキーワードしかお聞きできていませんでした。 転院された当日に再度本人様確認を行い、現地に向かいました。 複数の墓地を巡りましたが、最終的にお墓を確認する事ができました。 後にお墓を管理されている義妹様とも連絡が取れ、幸いご遺骨も無事お引渡しすることができ、本人様のご希望通りの結果となりました。 その際に、実のお兄様ご夫婦等も同席され、これまでの経緯をご説明させていただきました。 元々気の強い方で、人に頼る事を安易にされない性格でもあったとの事。 その事を踏まえ“本人らしいですね”と皆様仰られ、“自分たちも近くに居ても何もしてあげられなかった”と悔やんでおられましたが、“自分たちの代わりに、面倒を見てくれる人が居た事がせめてもの救いでした”との感謝のお言葉も頂戴いたしました。 この言葉をお聞きした時に、えにしの会が関わった事に意義があったのかなと感じた瞬間でした。 こういったお声をいただく事にやりがいを感じますし、誠実に対応する事の 大切さを再確認した事例となりました。  私が入社して間もなく、担当させて頂いた会員様のお話をさせて頂きます。 末期のがんを患っていたA様。豪快な性格で多くは語りませんが優しい性格で九州男児を体現したような方でした。 A様からは事前の聞き取りで、頼れる親族はおらず、ご子息・ご息女様がいらっしゃったのですが、折り合いが悪く、万が一の際の事を考え、死後の事を全て任せたいと当会へ入会をされました。 生活支援の回数はあまりありませんでしたが、ご自宅に訪問した際は、将棋が好きで、よく将棋を指してらっしゃった姿が今でも目に浮かびます。 当会に入会後、地域のケアマネージャー、訪問看護、ヘルパー等、様々な方々と連携を取り、出来る限りのケアをさせて頂きましたが、A様は入会から約4カ月後、息を引き取られました。 A様のご生前の御意向通り、ご子息・ご息女様へA様がご逝去されたこと、葬儀と納骨の日程をお伝えしました。 直葬での葬儀を行う際、当会のみで行うつもりで火葬場へ向かうと、現地には、ご子息・ご息女様だけでなくA様のお姉様もいらっしゃいました。 皆様、それぞれ涙を流しながら最後のお別れを惜しまれていました。 その姿に、言葉では言い表しにくいのですが、心の底の部分での、家族の絆を垣間見た気がします。 この件があってから、当会の会員様と接するときは、「もっと会員様に対して出来ることはないのか?」、「この選択は会員様に対しベストな選択なのか?」を考え、家族の代わりとして日々の支援をさせて頂く、私の考えの基盤となったエピソードでした。  M様は愛車(バイク)をフェリーに積んで幾度となく訪れてはこの場所でのひと時を謳歌されていたそうです。 70歳になったら移住して資格(調理師免許)を活かし「こども食堂」を営むことが夢だったとも話されていました。 しかしそれを目前に指定難病であるALSに罹患、日に日に身体が思うようにならなくなる中でも「あの場所に帰りたい」という思いはどうしても諦め切れなかった。 転出転入の準備はえにしの会の2事業所が連携を取りながら進めて行きました。 受け入れ先の施設がなかなか決まらず投げやりな気持ちにになった時もありました。 それでも希望を捨てず、空港の到着口に着いた時「帰って来ることが出来た」と涙ぐんでいらっしゃった姿がこの場所への思いの強さを感じました。 移住してからの生活を楽しめたとは言えません。 行きたいところにも思うように行けなかった、食べたいものも食べれなかった。 それでも温かい地元の支援者に恵まれ、数カ月の間にも自分の思いをしっかりと託され「これで思い残すことはない」と話されていました。   沖縄では青い海の彼方にあると言われる「ニライカナイ」 M様はそこに向かって旅立ちました。   今、M様の思いを形にすべく市の協力を得て基金の立ち上げ準備が進んでいます。 子供たちの食を支える基金です。   「来世では必ず沖縄県民に生まれ変わる!!」 その願いはきっと叶うような気がします。 いつの日かM様似の食堂のにぃにぃ(お兄さん)に会えるかもしれません。   短い期間の間でもM様との関りから沢山の事を学び成長させて頂きました。 M様の思いが沖縄の子供たちに伝わることを心から願っています。70代のT様は、ご主人様に先立たれ一人での生活にご不安があり、 元気なうちに希望する「ケアハウス」へ入居したいとの思いから、 えにしの会へご入会されました。   お引越しの時には、思い出のたくさん詰まった物を全て運び出すわけにはいかないので、これからの新しい生活に必要な物を一緒に考えながらご準備しました。   手放さないといけないものも多くありましたので、少し消失感を感じていたようです。   何よりもご主人様との思い出を大切にされているT様でしたので、 入居して落ち着いた頃に、ご主人様・ご親戚のお墓参りにご一緒させていただきました。   道中は、ご主人様との思い出話やケアハウスでの生活をたくさん聞かせていただき、お元気なご様子に安堵いたしました。   墓前で、えにしの会に手伝いをしてもらっていることや今の生活のご報告をされているのを聞いていると、 「お父さん、娘を連れてきたよー」と、私を紹介され驚きましたが、 T様にとって家族同然に思ってくださっていることに、 大変ありがたく感じ、胸が熱くなりました。   私も墓前に手を合わせ、「T様が穏やかに安心して暮らせるお手伝いをしますね。」とあいさつをさせていただきました。   今後も家族のように頼られる存在であり続けたいと思いますので、 T様と同じ目線で寄り添ったお手伝いをしてまいります。 
最近、会員様より補聴器作成を要望があり、そのお手伝いをさせていただきました。

元々車いすで生活をされている会員様なので、耳鼻科受診の送迎や補聴器の作成の際の
送迎などの支援を行いました。

お店に赴くにあたっては事前にご本人にしっかりとヒアリングをして、
ご希望に添ったものを作成できるようにお手伝いをさせていただきました。

以前はメガホンなしではなかなか会話のやり取りが難しく、ご本人様もお困りだったと思いますが、
施設の方からも補聴器のおかげで会話がスムーズにできるようになり喜んでらっしゃるという
お話しを聞きました。

えにしの会ではご高齢の方の施設入居のお手伝いだけではなく、入居の後にお困りのことがあれば、
その方ごとに求める内容の支援を行わせていただいております。

今後とも会員様のご希望に寄り添い、施設に入られた後も気持ちよく生活できるよう
支援していきたいと思います。
毎日何気なく過ぎていく日常の中で、自分の意志を強く持ちながら暮らしていくのは意外と難しいのではないかと思います。溢れる情報、見知らぬ誰かの口コミ、一体何を信じればいいのか分からなくなる事が多い情報過多の昨今、ご自身の『生き方へのこだわり』を貫き、新たなスタートを切った会員のS様のお話をさせて頂こうと思います。   S様はご主人様に先立たれ、お一人で暮らされていました。ご年齢の事と足の痛みもあり、施設へ入居する事にあたり、えにしの会にご依頼がありました。 初めてお会いした時から初対面とは思えない程優しく、気さくに会話をして頂き、支援を行った私も仕事ながらとても楽しい時間を過ごさせて頂いたのを今でも覚えております。 S様はその明るさだけではなく、『自分がどんな事を望むか』という事を明確に持っておられ、その信念の強さにびっくりもさせられました。   S様はご友人が多く、そのご友人達と繋がりを持ち続けたい事、通っているデイサービスに通い続けたいこと、自由に外出出来る施設へのこだわりなど、ご自分がどんな事が好きなのか、どんな事が嫌いなのか、ハッキリと伝えてくださいました。 その結果、S様はご自分の全ての希望にあった施設にご入居され、新しい生活がスタートしました。 私が支援に入った際も、ご友人達との楽しい出来事をいつも聞かせてくださいます。 「自分に合った施設を諦めずに探して良かった」とも話されています。   私達は、『人生は一度きり』と頭では分かっていながらも、いざ決断する時になると自分の本当の希望を叶える事に対して臆病だったり、面倒に感じて「まぁいいか」と思ってしまいがちですが、S様の生き方を目の前で見させて頂き、自分もそうで在りたいなと考えるようになりました。   これからもS様がより良い人生を歩めるよう、サポートさせて頂きたいと思っております。 そして人生の先輩として会員の皆様からの刺激を受け、支援員の私も日々成長していければと思っております。
お父様、お母様、お嬢様の三人で長年支えあってきたご家族をご支援してます。
ご両親はご高齢、お嬢様はご病気の影響で三人揃い特別養護老人ホームへ入居してましたが、
残念ながら先日お父様がご逝去されました。
会員様の多くはご家族がいらっしゃらない、いらしても長年疎遠など背景も様々。

ご葬儀参列者は支援担当者だけというケースが多い中、今回はご親族数名との連絡手段を
確保してましたので、9名のご親族がご参列くださいました。

殆どのご親族からすれば、えにしの会がどの様な会なのかも分からない状況でしたので、
お父様との想い出を語る形でこれまでの支援内容をお伝えした所、深くご理解くださり、
また温かな感謝のお言葉も頂戴しました。

長年往来の無かったご親族にとって、ご生前のお元気な頃のお話は貴重な情報ですし、
お父様のお人柄からもきっと喜んでくださってる事と思います。

ご家族の中心として頑張って来られたお父様が亡くなった今、残されたお二人の支援が本格化され
ますが、ご親族より「あなたが担当者なら安心」と仰って頂きましたし、旅立たれたお父様に心配
されないよう心ある支援を続けて参りたいと思います。

最後に、お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
 「まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったわねえ。」 今日、病院の待合室で、Y様が懐かしむような口調で仰いました。 たしかに、この半年はY様にとって思ってもみないことばかりでした。   有料老人ホームに入居されている70代のY様。 ホームへの入居にあたって「保証人がいない」ということでえにしの会と契約し、その後も月に1回程度、 買い物や受診のサポートをしていました。   昨年秋ごろ「最近胃の調子が悪くって、胃薬が欲しいかも。」と病院を受診したところ 胃がんを発見。ステージ4でした。   Yさんにとって初めての手術。 医師の手術説明を一緒に聞き、保証人として同意欄にも記入を行いました。 大きな手術になるため、Y様の心の負担はかなり大きかったと思います。 「一緒にがんばりましょうね。」と声をかけながら、サポートをしました。   入院する日、こころなしか不安そうだったY様も、退院でお迎えに行った時には「やっと施設に戻れるわ~。」と いつも通りの明るい笑顔を見せてくださって、私も安心したのをよく覚えています。   それからは、抗がん剤治療のために月に1度病院を受診し様子をみています。 毎月、病院の待合室でわたしたちはいろんな話をします。 昔飼っていた猫の話、若いころのお仕事の話、旅行や食べ物の話、施設での生活の話…。   今日は、初めてがんと宣告されてからの、この半年のことを話しました。 「あなたとバディになってから色んなことがあったわね。まさかよねえ」 Y様は、私のことを「担当」ではなく「バディ」とおっしゃいます。 今では私のお気に入りの言葉の1つになっています。   これからもお元気でY様らしく輝き続けていただけるよう、「まさか」の事態にも “バディ”として一緒に乗り越えていきたいと思っています。会員様のご家族様からメールを頂きました。 最近はお子様がいらっしゃっても様々な事情でお父様やお母様、ご兄弟の支援をさせて頂くことが増えております。 このようなメールを頂き職員の励みになります。 こちらこそありがとうございます<m(__)m>
お元気でしょうか?
今まで大変お世話になりました。
私が海外赴任となり、妹も当時は障害を持った子供を抱えており、父のケアをどうするかが1番の気がかりでしたが、
〇〇さんをはじめ〇〇さんにも本当に良くして頂き、父のみならず我々も大変心強かったです。
えにしの会に出会えたことに心から感謝してます、どうもありがとうございました。
これから暑い夏となっていきますが、くれぐれもお体をご自愛ください。

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